徒然草Annex
遠征の合間の局巡り - 依佐美送信所記念館

今回の「局巡り」は放送局でもスタジオでもなく「送信所」。しかも、放送局の送信所ではなく、無線送信所です。先日、とある旅番組でこの建物上空をくもじいが飛んでいた(って、何の番組かバレバレですなw)ので、今回の豊田遠征の局巡りとして行って参りました。といっても、現在は「送信所」としては使用されておらず、「依佐美送信所記念館」という名前の施設になっておりますが。
この施設があるのは愛知県刈谷市。豊田からは名鉄三河線に乗って40分ほどで着く刈谷駅からバスで20分ほど乗るとたどり着きます。周囲は田園風景が広がる地域。そんな何もない地域になんでこのような施設ができたのだろうか。その答えは、この記念館の中を見るとなんとなく分かります。
その答えの一つがこの写真。この送信所が現役で使用されていた時代のミニチュアが展示してあったので1枚。建物の隣に高い鉄塔がいくつもならび、これらがアンテナとして電波の送信をおこなっていたようです。かなり大規模な送信所だったことがうかがい知れます。それだけの大規模な施設だったからこそ、これだけの広い土地が必要だったんでしょうね。

さきほど、放送局の送信所ではないとここに書いたが、では何の送信所だったのかというと、日本と海外との間の通信を担う送信所だったそうである。日本と海外との間の通信というと今では衛星通信などが当たり前の時代だが、この当時はそのような衛星もなくここで行っていたのは長波と短波による通信。長波による通信を行うには大規模のアンテナが必要になることから、このような広い土地が必要だったんでしょうね。

開局したのは昭和4(1929)年で、第一次世界大戦と第二次世界大戦のちょうど間の時期。そんなこともあってか、ここからの通信は日本海軍でも使用されていたそうで、あの「ニイタカヤマノボレ」の暗号はこの送信所から送信されたと言われているそうです。そんな歴史的な場所だったんですな。

そのためか、戦後は米軍に接収され使用されていた時代もあったようだが1993年に送信を停止し翌年には日本に返還。その施設の一部は今は「フローラルガーデンよさみ」という公園になっております。自分がここを訪れたときは日曜日の昼頃で、公園内は小さな子供を連れた家族連れでとても賑わっておりました。かつては戦争の道具として使用された施設が何十年もたった現在、こうやって平和な公園として利用されているというわけですね。
そんなわけで、「遠征の間の局巡り」。たまには「放送局」でない局を巡ってみました。たまにはこんな回があってもいいかな。
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テーマ:局巡り - ジャンル:テレビ・ラジオ


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